 | 150円( 税込み / 送料別 / カード支払可 ) 女弦は細く、切れやすので常備されていると、いざというときに役立ちます。
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 | 300円( 税込み / 送料別 / カード支払可 ) 上から、 沖縄弦 大島弦 沖縄県内ではあまり取り扱いのない大島弦。 奄美大島ではこの弦で三線が演奏されており、その音は沖縄弦に比べると、シャープで津軽三味線に近い音色です。 沖縄島唄はもちろん奄美島唄好きな方にも是非三線を楽しんで頂けます。 ( 音を聞き比べてみる ) |
 | 1,500円( 税込み / 送料別 / カード支払可 ) 小篠 敏之(おざさ としゆき)1952年5月11日生まれ京都市上京区にて「株式会社 鳥羽屋」を経営。 邦楽器だけではなく、世界中の弦楽器の弦を製造する。 特に雅楽の弦は、世界広しと言えども、ここでしか製造されていない。 鳥羽屋では、弦を「絃」と表記する。 創業は1655年(明暦年間)。 初代の小篠長兵衛が京都伏見下鳥羽の地で染物業を営んだのが始まり。 以後、五代目までこの事業は継承される。 六代目 小篠長兵衛が京都市上京区西洞院下立売下ルの地で楽器の弦の製造をはじめたのが1849年(嘉永2年)のことだ。 1855年(明治18年)七代目 小篠長兵衛が屋号を「鳥羽屋」とする。 従七位、勲七等瑞宝章。 1919年(大正8年)八代目 小篠長兵衛が現在の地に工場を併設。 1949年(昭和24年)現社長のお父様である洋之氏が九代目 小篠長兵衛を継承し1959年(昭和34年)に現在地の工場を改築。 洋之氏は1979年(昭和54年)に国の無形文化財選定保存技術保持者に認定(4/21・第34号)される。 1981年(昭和56年)に株式会社鳥羽屋を設立。 現社長の小篠敏之氏は10代目となる。 鳥羽屋の歴史は、そのまま邦楽器弦の歴史とも言うべきものがあり、特に絹糸から製造する弦は、正確無比。 太さは均一であり、楽器に張った時に伸びにくく、素晴らしい音を作り出す。 鳥羽屋の弦は、他の追随を許さない。 鳥羽屋の3号はナイロン弦の2号相当です。 3号弦は中太です。 当たり前の話だが、昔の三線の弦はナイロンやテトロンなどの化繊ではない。 そもそも化繊など存在してはいない。 全て絹の弦であったのだ。 「弦は楽器に張った時に伸びたらアカン」鳥羽屋の社長である小篠敏之氏は言う。 当たり前だがその通りである。 鳥羽屋では、絹から作った弦を最終工程の乾燥時に、かなりの力で引っ張るのだ。 そうすることによって伸びにくい弦が完成する。 弦の製造工程を聞かせて頂いたので、ご紹介したい。 1.春に出来たマユの生糸(原糸)を半日間、水に含ませて何十本も束ねて左にヨリを掛けて糸を作る。 この作業を下ヨリと呼ぶ。 春に出来たマユは、夏頃に生糸にするそうだ。 この季節のマユは、楽器の弦として最適なニカワ質が豊富である。 鳥羽屋では、そんな理由から春に出来たマユしか使用しない。 余談であるが、春以外のマユは着物などの絹に利用されるようだ。 この季節以外のマユはニカワ質をあまり含まない。 ニカワは着物の絹にとっては邪魔な存在となる。 したがってマユの中の虫を殺してそのまま放置し、最後にニカワ質を洗い落として生糸にしたのが着物などの絹糸になるそうだ。 2.上記1で出来上がった糸を3本まとめて、今度は右にヨリを掛けると三線の弦となる。 この作業を上ヨリと呼ぶ。 3.上ヨリで出来た三線の弦は、まだ水を含んだ状態であるので、これを乾燥させる。 この乾燥時にかなりの力で引っ張って乾燥させる。 こうして手間と時間を掛けて作成された絹糸弦は、伸びにくく、素晴らしい音を発生させる弦となる。 これも余談であるが、上ヨリの際に4本まとめると本土の三味線弦になるそうだ。 上の写真は養蚕の蚕から取った絹の原糸です。 下の写真は天然の蚕から取った原糸です。 三線用には不向きですが、参考のため写真を掲載しております。 養蚕の原糸とは色あいが全く違います。 「名工の秀作」を見る [ 続きを見る / 閉じる ] |
 | 350円( 税込み / 送料別 / カード支払可 ) 王朝時代の絹糸の音を求めて・・・。 「鳥羽屋」の小篠氏は、この絃を製作するにあたり、より絹糸絃の音色に近づけることを心がけたとの事。 絹糸絃は、王朝時代より始まり、今より30年前まで全ての三線に張られていた絃であり、ナイロン絃とは異なった暖かい音色を奏でる。 しかし、音色が湿度に左右されやすいという欠点を持っている。 今回、開発されたポリエステル絃は、化繊であるが故に湿度には左右されにくい。 しかも絹糸絃に近い音色を奏でてくれる。 当店でも何丁かの三線にて実験を試みた結果、暖かい音色に変化した。 これは私感であるが、特に強化張り三線、人工張り三線など、いわゆる化学繊維をチーガに張った三線においては、この高価が増大で、かん高い音が軽減され、暖かな本張り三線の暖かい音色に近づいたように思えた。 本張り三線においては、ナイロン絃のようなキンキン音が抑えられるが、このキンキン音を「余韻」と捉えていた方には、恐らく不評であろうと考える。 しかし、鳥羽屋製ポリエステル絃は、同社の絹糸絃に近い音色となるため「暖かな音」を求める方には、最適の絃と言えるであろう。 更には絹糸絃のように湿度により音色が左右されると言う心配もすくなく、安定した「王朝時代の三線」の音色を奏でてくれる。 価格的にも非常にリーズナブルでナイロン絃と同価格で販売する。 是非一度、お試し下さい。 小篠 敏之(おざさ としゆき)1952年5月11日生まれ京都市上京区にて「株式会社 鳥羽屋」を経営。 邦楽器だけではなく、世界中の弦楽器の弦を製造する。 特に雅楽の弦は、世界広しと言えども、ここでしか製造されていない。 鳥羽屋では、弦を「絃」と表記する。 創業は1655年(明暦年間)。 初代の小篠長兵衛が京都伏見下鳥羽の地で染物業を営んだのが始まり。 以後、五代目までこの事業は継承される。 六代目 小篠長兵衛が京都市上京区西洞院下立売下ルの地で楽器の弦の製造をはじめたのが1849年(嘉永2年)のことだ。 1855年(明治18年)七代目 小篠長兵衛が屋号を「鳥羽屋」とする。 従七位、勲七等瑞宝章。 1919年(大正8年)八代目 小篠長兵衛が現在の地に工場を併設。 1949年(昭和24年)現社長のお父様である洋之氏が九代目 小篠長兵衛を継承し1959年(昭和34年)に現在地の工場を改築。 洋之氏は1979年(昭和54年)に国の無形文化財選定保存技術保持者に認定(4/21・第34号)される。 1981年(昭和56年)に株式会社鳥羽屋を設立。 現社長の小篠敏之氏は10代目となる。 鳥羽屋の歴史は、そのまま邦楽器弦の歴史とも言うべきものがあり、特に絹糸から製造する弦は、正確無比。 太さは均一であり、楽器に張った時に伸びにくく、素晴らしい音を作り出す。 鳥羽屋の弦は、他の追随を許さない。 当たり前の話だが、昔の三線の弦はナイロンやテトロンなどの化繊ではない。 そもそも化繊など存在してはいない。 全て絹の弦であったのだ。 「弦は楽器に張った時に伸びたらアカン」鳥羽屋の社長である小篠敏之氏は言う。 当たり前だがその通りである。 鳥羽屋では、絹から作った弦を最終工程の乾燥時に、かなりの力で引っ張るのだ。 そうすることによって伸びにくい弦が完成する。 弦の製造工程を聞かせて頂いたので、ご紹介したい。 1.春に出来たマユの生糸(原糸)を半日間、水に含ませて何十本も束ねて左にヨリを掛けて糸を作る。 この作業を下ヨリと呼ぶ。 春に出来たマユは、夏頃に生糸にするそうだ。 この季節のマユは、楽器の弦として最適なニカワ質が豊富である。 鳥羽屋では、そんな理由から春に出来たマユしか使用しない。 余談であるが、春以外のマユは着物などの絹に利用されるようだ。 この季節以外のマユはニカワ質をあまり含まない。 ニカワは着物の絹にとっては邪魔な存在となる。 したがってマユの中の虫を殺してそのまま放置し、最後にニカワ質を洗い落として生糸にしたのが着物などの絹糸になるそうだ。 2.上記1で出来上がった糸を3本まとめて、今度は右にヨリを掛けると三線の弦となる。 この作業を上ヨリと呼ぶ。 3.上ヨリで出来た三線の弦は、まだ水を含んだ状態であるので、これを乾燥させる。 この乾燥時にかなりの力で引っ張って乾燥させる。 こうして手間と時間を掛けて作成された絹糸弦は、伸びにくく、素晴らしい音を発生させる弦となる。 これも余談であるが、上ヨリの際に4本まとめると本土の三味線弦になるそうだ。 上の写真は養蚕の蚕から取った絹の原糸です。 下の写真は天然の蚕から取った原糸です。 三線用には不向きですが、参考のため写真を掲載しております。 養蚕の原糸とは色あいが全く違います。 「名工の秀作」を見る [ 続きを見る / 閉じる ] |
 | 1,500円( 税込み / 送料別 / カード支払可 ) 小篠 敏之(おざさ としゆき)1952年5月11日生まれ京都市上京区にて「株式会社 鳥羽屋」を経営。 邦楽器だけではなく、世界中の弦楽器の弦を製造する。 特に雅楽の弦は、世界広しと言えども、ここでしか製造されていない。 鳥羽屋では、弦を「絃」と表記する。 創業は1655年(明暦年間)。 初代の小篠長兵衛が京都伏見下鳥羽の地で染物業を営んだのが始まり。 以後、五代目までこの事業は継承される。 六代目 小篠長兵衛が京都市上京区西洞院下立売下ルの地で楽器の弦の製造をはじめたのが1849年(嘉永2年)のことだ。 1855年(明治18年)七代目 小篠長兵衛が屋号を「鳥羽屋」とする。 従七位、勲七等瑞宝章。 1919年(大正8年)八代目 小篠長兵衛が現在の地に工場を併設。 1949年(昭和24年)現社長のお父様である洋之氏が九代目 小篠長兵衛を継承し1959年(昭和34年)に現在地の工場を改築。 洋之氏は1979年(昭和54年)に国の無形文化財選定保存技術保持者に認定(4/21・第34号)される。 1981年(昭和56年)に株式会社鳥羽屋を設立。 現社長の小篠敏之氏は10代目となる。 鳥羽屋の歴史は、そのまま邦楽器弦の歴史とも言うべきものがあり、特に絹糸から製造する弦は、正確無比。 太さは均一であり、楽器に張った時に伸びにくく、素晴らしい音を作り出す。 鳥羽屋の弦は、他の追随を許さない。 鳥羽屋の2号はナイロン弦の1.5号相当です。 2号弦は太目です。 当たり前の話だが、昔の三線の弦はナイロンやテトロンなどの化繊ではない。 そもそも化繊など存在してはいない。 全て絹の弦であったのだ。 「弦は楽器に張った時に伸びたらアカン」鳥羽屋の社長である小篠敏之氏は言う。 当たり前だがその通りである。 鳥羽屋では、絹から作った弦を最終工程の乾燥時に、かなりの力で引っ張るのだ。 そうすることによって伸びにくい弦が完成する。 弦の製造工程を聞かせて頂いたので、ご紹介したい。 1.春に出来たマユの生糸(原糸)を半日間、水に含ませて何十本も束ねて左にヨリを掛けて糸を作る。 この作業を下ヨリと呼ぶ。 春に出来たマユは、夏頃に生糸にするそうだ。 この季節のマユは、楽器の弦として最適なニカワ質が豊富である。 鳥羽屋では、そんな理由から春に出来たマユしか使用しない。 余談であるが、春以外のマユは着物などの絹に利用されるようだ。 この季節以外のマユはニカワ質をあまり含まない。 ニカワは着物の絹にとっては邪魔な存在となる。 したがってマユの中の虫を殺してそのまま放置し、最後にニカワ質を洗い落として生糸にしたのが着物などの絹糸になるそうだ。 2.上記1で出来上がった糸を3本まとめて、今度は右にヨリを掛けると三線の弦となる。 この作業を上ヨリと呼ぶ。 3.上ヨリで出来た三線の弦は、まだ水を含んだ状態であるので、これを乾燥させる。 この乾燥時にかなりの力で引っ張って乾燥させる。 こうして手間と時間を掛けて作成された絹糸弦は、伸びにくく、素晴らしい音を発生させる弦となる。 これも余談であるが、上ヨリの際に4本まとめると本土の三味線弦になるそうだ。 上の写真は養蚕の蚕から取った絹の原糸です。 下の写真は天然の蚕から取った原糸です。 三線用には不向きですが、参考のため写真を掲載しております。 養蚕の原糸とは色あいが全く違います。 「名工の秀作」を見る [ 続きを見る / 閉じる ] |
 | 577円( 税込み / 送料別 / カード支払可 ) 三線弦3本セット ■チル■ こちらの商品の送料区分はSサイズとなります。 メーカー発注の場合1〜2週間程度いただく場合がございます。 品切れの場合は追ってご連絡させていただきます。
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 | 350円( 税込み / 送料別 / カード支払可 ) 男弦、中弦、女弦が各1本、計3本のセットです。 弦が切れても、常備されていれば安心です。
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